【ネタバレあり】映画『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』考察 前編【色のある世界・ない世界】

キミにきめた!

 

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みなさん、映画ポケモン20周年記念『キミにきめた!』は見ましたか?

 

懐かしくなった!!とかバタフリーで泣いた!!!とか、

そういう感想はたくさん見たので、ちょっとそれ以外のことに関して考えたものを解説してみようと思います。

 

 

二部構成で。今回は、

ストーリー内で繰り返し対比される

「虹色」と「黒」

「色のある世界」と「色のない世界」

について。

 

 

※注意

・ガチなネタバレを含みます。

・ちょっと尖った解釈になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虹」と「黒」の対比について

この映画では、複数回似たような対比がされます。

 

虹色の羽根←→黒い羽根

色のある世界←→色のない世界(サトシが見た夢の世界、消滅したサトシが目覚めた世界)

ホウオウ←→マーシャドー

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ホウオウとマーシャドーは特にそれらの象徴ですね。

では、「虹」と「黒」とはそれぞれ具体的に何のことなんでしょうか?

 

 

全ての場合において「これ!」とは一概には言い切れないのですが、サトシがマーシャドーに見せられた悪夢の世界はわかりやすいですね。

色のない夢の世界は、私たちにとっての現実です。

じゃあ色のある世界はその逆、ポケモンの世界です。夢のある世界と言ってもいいかもしれません。

 

 

 

 

サトシの”消滅”について

サトシはマーシャドーの操るポケモンたちにより攻撃を受けて、”消滅”しました。

ストレートに取ればここでサトシは死亡、ホウオウの力で蘇ったんでしょうね。

 

しかし、サトシは死亡というか”消滅”しました。

何ででしょうか?この世界では死体はエーテルとなって巨神に還るんでしょうか?

 

そんなことはないですね。

この映画では、わざわざポケモンの死亡シーンを描いています。別に死体が消えたりはしていません。

 

 

だからサトシの消滅はただの死亡ではなく、少なくとも別の意味を含んでいるはずです。

 

 

 

消滅後、サトシが目覚めた世界は色のない世界でした。

 

つまり?

先ほど述べた通り、色のない世界は私たちにとっての現実。

ここまで来ると、具体的にサトシがどうとかいうよりメッセージ性の問題ですね。

 

色のない世界からは、ピカチュウの姿は見えません。

 

これはただ単にサトシがこっちの世界に来た、って話ではありません。

 

一つ確認しておきます。

この映画は、20周年記念の映画です。ピカチュウとの出会いや、バイバイバタフリーで泣くほどの思い出がある、かつての少年少女たちに向けて作られています。

 

そんな少年少女たちが、今現在として現実の世界に来てしまっているわけです。今皆さんがいる世界が色のない世界です。ここからはピカチュウの姿は見えません。

 

そんな私たちとサトシを重ね合わせているわけです。

現実の世界で、ポケモンのことを忘れて過ごす私たち…これが色のある世界からの”消滅”。

マーシャドー全てを閉ざすというのもそういう意味。

 

 

 

そんな世界から、サトシは色のある世界に帰ってこれたよ、という結末です。

これは

「サトシとピカチュウの絆は引き離せないよ」とか

「大人になった皆も、いつでも帰ってきていいんだよ」とか

まあ、好きに解釈すればいいと思います。

 

ボンジイ

物語の案内人である、ボンジイの姿を見てみましょう。

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この服装はサトシにそっくり・・・いやむしろ

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レッドにそっくりですね。

 

ボンジイはホウオウを、虹色を追いかけたまま爺さんになった人です。

サトシがこのまま年取るとこうなるというか、夢を持ち続けたまま生きた人間の姿痛々しいまでに表したのがこの人です。

 

 

彼は物語の終わりに、強いメッセージ性のある語りをします。始まりはこう。

「少年たちよ」

虹色を、夢を追いかけ続けて生きてきた人間は、少年たちにも同じことを要求するんでしょうか?

 

この文章は、こう続きます。

「少年たちよ」

「生きろ!とにかく生きろ!」

「そうすれば道はきっと開く!」

「未来は虹色に輝いているんじゃ!」

「夢を追え」とかではなく、「生きろ」としか言いません。

必死に生きよう、生きてさえいればきっと虹色の未来は開く、と。

ここでいう「虹色」は「夢」とかそういう意味合いに言い換えていいと思います。

 

重い発言です。

ここで言う”少年”とは、今現在の少年だけではなくかつての”少年”へのメッセージも含んでいそうですね。

 

 

そしてホウオウは新たな虹色の羽根を世界に落としました。

次の主人公は君だ!って感じで。

 

まとめ

どうでしょうか?

”色のない世界”について、かなりいき過ぎた解釈もあったかもしれません。

物語のメッセージ性とか、あんまりそういう見方をするのは好きじゃないですが、本当にそうとしか取れなかった。

 

自分の解釈が正しいかは置いといても、メッセージ性が強いのはマジだと思います。

 

 

 

この映画を総合的に見てみましょう。

・初代勢を泣かせるリメイクエピソード

・サトシとピカチュウの絆

(・ピカチュウの没設定)

・新キャラのマコト・ソウジ

・ホウオウの話を回収

・クロスとの対決、成長

・強いメッセージ性

 

すっごいたくさんの要素が含まれています。

その点を無視して、皆リメイクエピソードについてサトシとピカチュウについてしか語らないで「よかった」って言うのが気に喰わないなってのがありました。

だからこの文章書いた。

 

 

よく言えば多面的、悪く言えばツギハギ。

こういうツギハギ映画だと他には『STAND BY ME ドラえもんって映画がありまして、自分はあれ結構好きです。構成がすごいよくできてます。

 

 

 

それではこの映画の考察が終わったということで…

 

待った

足りていない要素がありますね。

 

 

本当はこっちが主題。

自分が映画見て最初に疑問に思ったことがあるんですよ。

 

 

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マーシャドーは何がしたかったの?」

 

後編につづきます。   とりあえずおわり